L-HOME’s diary

日々の色々なこと、衣食住のこと、興味のあることをつらつらと書きます。自分のメモ用紙原稿用紙の代わりにもなって、自分の楽しいことしか書かない日記にもなって、誰かの力になれるようなブログを目指してます。言葉の魔法を使いなさい。心の魔法を使いなさい。そのように上から命じられました。

お題 ☆おじいちゃんおばあちゃん 2 ☆ 臨終に纏わる不思議な話

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」の第二弾です。

 

これは不思議でありがたい事だったな…と思った、母方のおばあちゃんの事です。

 

母方のおばあちゃんは、私が中学生になった頃には、半身不随の寝たきり状態になっていたのですが、実家の両親は、田舎の親戚と折り合いが悪いようで、その頃には田舎への里帰りを全くしていなかったので、おばあちゃんには小学校低学年の頃に会ったきり全く会っていませんでした(当時子供だった私には分かりませんが、大人の事情があったんでしょうね…)。

 

私が実家を出て社会人になると、私と姉は、どちらも実家との折り合いが悪くなりましたので、ほとんど実家には寄りつかなくなりました(色々ありますよね…姉も色々あったみたいです…言いませんけども…)。

 

実家では、父と母が折り合いが悪くてですね…(大人の事情があったんでしょうね〜…でも、離婚しなかったのは凄いと思います!)。

 

そんな中、私は、信仰に目覚めまして、色々と活動に頑張っていました。

 

そして、母はそんな私を毛嫌いするようになりまして、親子の縁を切る!とまで言ってきましたので、私は仕方ないな〜と思いながら、いつかちゃんと偏見を持たずに話し合える日が来るかしら⁈との僅かな希望を持ちながら、過ごしていました。

 

 

ある日、仕事帰りに、ひと回りも年下の同僚の女の子とサヨナラの挨拶をする際、自分でも予期していなかったのですが、この女の子に信仰の話をしなくてはいけない、という気持ちになってしまいました。

 

いきなり食事に誘って、その子と夜の7時頃から2時間くらい話したでしょうか。

 

結果的に、その子は話を良く聞いてくれたものの、今は特に信仰を必要と感じていないと言って、サヨナラしました。

 

私としても、なんで急にあの子に話そうと思ったのか不思議な気分でいました。

 

それから1週間位経った頃、珍しく、あの母から電話がありまして。

 

母は、田舎に帰って、おばあちゃんの臨終に立ち会い、葬儀を終わらせて帰って来たと報告して来たのでした。

 

私に知らせると、信仰の事で面倒になるから黙っていたというのです。それで全てが終わってから報告して来たのです。

 

 

母は、おばあちゃんの手を握って、「がんばりや」と声をかけていたそうです。

最後おばあちゃんは、涙を流していたそうです。

 

長い寝たきり生活でしたが、床ずれも無かったとのこと。

火葬後の遺骨は、とても大きくて、骨壺に入りきらないほどだったそうです。

 

そして、その臨終の日時というのが、ちょうど、私がいきなりあの女の子に信仰の話をしていたその日、その時間だったのです。

 

 

回向(えこう)という考え方があります。

 

自分が積んだ功徳(くどく。幸せのもと、のようなもの。)を、家族や先祖などに回し向けるということで、わかりやすく言うと、「私の幸せ貯金をあなたにわけてあげるよ〜」みたいな感じです。

 

 

私が信仰の話を誰かにする、ということが、回向の意味を持つのです。

 

信仰の話には、実は凄いパワーがありますが、わかる人は極々少数だと思います。そして、カンタンにわからないことが、実は返って重要だと私は思っていまして、それで良いのです。

 

 

私は、おばあちゃんが遠い田舎で臨終を迎えているとは知らなかったけれども、その大切な時間に、尊い信仰の話をして功徳を積み、それを回向していたのです。

 

その事が、後になってわかった訳ですが、あの女の子に話せた事は無駄では無かった、どころか必然の流れだったのだと、何とも言えない不思議さに感動しました。

 

おばあちゃんの臨終に立ち会えなかったのは、悔しいといえば悔しいですが、臨終に立ち会うことよりも、もっと大きな大事な功徳を回向するという役割を果たせたのだ、という誇らしさと、ありがたさで、胸がいっぱいになりました。

 

不思議なこともあるもんだ、と思います。

 

でも、人は何処かで繋がっていて、遠くにいても、距離は関係なくて、ちゃんと必要なお導きがあるんだと思います。

 

だからこそ、常の自分がどういう生き方をしているのかが、とてもとても重要なのかもしれません。

 

おばあちゃんの臨終についての不思議な体験話は、私の中でしっかりとした確信になっています。

 

そして、もしもあの時に母が、おばあちゃんが臨終間近であると私に知らせていたら、私は田舎に駆け付けていたかも知れないけど、このような確信を持つ体験は出来なかったかもしれません。

 

だから、罪悪感は持たなくていいよ、と、あの世の母にも伝えたいですね〜。

 

今月、母の命日が来るので、この文章を母に捧げたいと思います。

 

 

おばあちゃん、本当にありがとうございます!